ファブリックパネル モネ – 睡蓮の池と日本の橋

    1883年にモネは1926年に86歳で亡くなるまで過ごすこととなる、パリから西へ80キロほどの距離にあるジヴェルニーに移り住みました。
    10年後の1893年には隣接する土地を購入し、モネが好んだ日本の浮世絵で使われるモチーフである太鼓橋が架かった睡蓮を植えた池をつくります。
    この睡蓮の池はモネにとって四半世紀にわたって主要な題材となり、亡くなるまでに250作品にものぼるこの池に関する絵画を残しました。
    今回の絵が描かれた1899年だけでも、成熟した庭で様々に異なる光の条件で、17作品もの睡蓮の池を描いた作品を制作しています。
    1899年に描かれた睡蓮の池が描かれた一連の作品では橋が中央に描かれているのに対し、翌年1900年に描かれた同モチーフの一連の作品は橋の右側が半分画面から切り取られたように描かれている別の構図がとられました。
    モネは天候が許す限り自然が描かれたのそのままの様子を見て描くことに専念し、時には同じ日に8枚以上キャンバスを入れ替えながら、その瞬間の風景を描いたといいます。
    刻々と変化する気象条件を捉えて同じモチーフを描くモネの制作方法は、印象派のスタイルの特徴となりました。

    作品名
    Water Lilies and Japanese Bridge
    作者
    クロード・モネ (Claude Monet)
    製作年
    1899年
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